今月のことば

 

 私は、今回伝教大師最澄の『山家学生式』に述べられているこの言葉を書きました。
 以前の貼り出しにも「自利利他円満」の文字を書いたのですが、改めて僧侶としての学びを深く考えました。
 私は学生時代の学びの中で生じた「何故僧侶になろうと思ったのか?」という根本的な疑問に対して、「自分と他者との幸福な関係を築くため」と考え、「自利利他円満」という言葉と出遇いました。
 しかし、人として僧侶として生きていく上で、その願いの下に生きていくことの出来ない現実の自分。ついつい自分のことばかりになってしまって他人を思いやることが出来ず、
時には平気で人を蹴落としてしまおうとする私が現実の私です。
 では、そのような自分が今後どのようにして在っていくべきなのか。まだその答えは分かりませんが、今回書いたこの言葉を、我が身を振り返る大切なきっかけになる言葉として
大切にしていきたいと思います。


         

《KK》(2018年2月1日)


過去のことば

2018年01月01日
「人生に絶望なし いかなる人生にも決して絶望はない」
2017年12月01日
「人の尊さに差異はない。すべての人がそれぞれに光っている」
2017年11月01日
「智者のふるまいをせずして只一こうに念仏すべし」
2017年09月01日
「田が有れば田を憂う 宅が有れば宅を憂う」
2017年08月01日
「己が身にひきくらべて 殺してはならぬ 殺さしめてはならぬ」
2017年07月01日
「食前のことば」
2017年06月01日
「依頼は苦痛の源なり」
2017年05月01日
「本当に自分を知るには やはり人という 鏡がなくてはならない」
2017年04月01日
「しぶとい この頭がさがったら 浄土の光は こんなところに」