今月のことば

 

5月に入り、札幌にもようやく遅い春を感じる季節が到来した。境内の桜は満開になり、すいせんの花が黄色や白色と太陽の日差しに乗せてさらに輝きを放っている。間もなく色とりどりのチューリップが咲き誇る時期がやってくる。花の光は命の尊さ、季節の尊さを表してくれている。今回の掲示伝道の言葉は阿弥陀経に出てくる言葉で、お浄土で咲いている蓮の華が、青・黄・赤・白とそれぞれの色をそれぞれに光輝き、その光を放っているようすを伝え、そしてそれぞれのいのちがそれぞれに輝くことを教えている。
しかし、私達は現実に映るものをどう見ているだろうか。特に人と人との関係においての見方は全てが純粋に綺麗に見えているとはいえないだろう。これには良い・悪い、都合がいい・都合が悪いなど、どうしても自分の分別で見方を変えてしまうのが実際である。また、綺麗に見えていたものも、いざ都合が悪くなると、一瞬にして輝きを失ったものとして見えてしまう。要するに自分の都合によって、綺麗に輝いているものを、さらに光輝くように見えたり、輝きを失わせて見えたりと自分自身でコントロールをしているかのようだ。花が独自の色を放つように、個々人も個性としてその色を放っているはずだが、見る側の分別や都合で色を変え、輝きを調節していることを、季節の花を眺めながら、さらに阿弥陀経を頂き思うことである。


         

《TG》(2018年5月1日)


過去のことば

2018年04月01日
「生かさるる いのち尊し けさの春」
2018年03月01日
「念仏者は無碍の一道なり」
2018年02月01日
「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」
2018年01月01日
「人生に絶望なし いかなる人生にも決して絶望はない」
2017年12月01日
「人の尊さに差異はない。すべての人がそれぞれに光っている」
2017年11月01日
「智者のふるまいをせずして只一こうに念仏すべし」
2017年09月01日
「田が有れば田を憂う 宅が有れば宅を憂う」
2017年08月01日
「己が身にひきくらべて 殺してはならぬ 殺さしめてはならぬ」
2017年07月01日
「食前のことば」
2017年06月01日
「依頼は苦痛の源なり」
2017年05月01日
「本当に自分を知るには やはり人という 鏡がなくてはならない」
2017年04月01日
「しぶとい この頭がさがったら 浄土の光は こんなところに」