「青き色には青き光、黄なる色には黄なる光……」

 


5月に入り、札幌にもようやく遅い春を感じる季節が到来した。境内の桜は満開になり、すいせんの花が黄色や白色と太陽の日差しに乗せてさらに輝きを放っている。間もなく色とりどりのチューリップが咲き誇る時期がやってくる。花の光は命の尊さ、季節の尊さを表してくれている。今回の掲示伝道の言葉は阿弥陀経に出てくる言葉で、お浄土で咲いている蓮の華が、青・黄・赤・白とそれぞれの色をそれぞれに光輝き、その光を放っているようすを伝え、そしてそれぞれのいのちがそれぞれに輝くことを教えている。しかし、私達は現実に映るものをどう見ているだろうか。特に人と人との関係においての見方は全てが純粋に綺麗に見えているとはいえないだろう。これには良い・悪い、都合がいい・都合が悪いなど、どうしても自分の分別で見方を変えてしまうのが実際である。また、綺麗に見えていたものも、いざ都合が悪くなると、一瞬にして輝きを失ったものとして見えてしまう。要するに自分の都合によって、綺麗に輝いているものを、さらに光輝くように見えたり、輝きを失わせて見えたりと自分自身でコントロールをしているかのようだ。花が独自の色を放つように、個々人も個性としてその色を放っているはずだが、見る側の分別や都合で色を変え、輝きを調節していることを、季節の花を眺めながら、さらに阿弥陀経を頂き思うことである。

《TG》

2018年05月01日