「念仏者は無碍の一道なり」

 


「無碍」とは、さまたげ(碍)がないということですから、「念仏者は、何ものにもさまたげられることのない、ひとすじの大道を歩むものである」という意味になります。 自分が歩んでいく道において、何ものにも邪魔をされることがないなら、どんなにいいでしょう。けれども現実には、さまざまなさまたげがあります。 私たちは、自分に起こってきた事柄を、良いことと悪いこと、大切なことと邪魔なこと、そんなふうに分けています。そして悪いことや邪魔なことに対しては、排除しようとしながら生きています。 しかし、その悪いことや邪魔なことが、いつか私たちを支えてくれる大地となるのです。 「障害」だと排除しようとしてきたことが、私たちにとって「生涯」の宝となるのです。

《SK》

2018年03月01日